2014年08月

 ホーチミンからクアラルンプールへ向かう飛行機に搭乗する。入り口に置かれた新聞の数々。ベトナム語は読めないので英字新聞を所望すると、スポーツ版で良ければとCAは、ある新聞のひと山を指す。スポーツ紙?そんなのベトナムにあったっけ?ともあれ読めるものであればいいので、イタリアの悪童サッカー選手バロテッリがバーンと出ている新聞をもらう。さて。スポーツ紙の正体は、普通の新聞なのに表紙面を見せないよう、ひっくり返して最終面(東南アジアでは大抵ヨーロッパのサッカー記事が掲載されている)を上にして置かれたものだった。

 なぜその英字新聞は裏を上に置かれていたのか。STARというマレーシアの代表的な新聞なのだが、一面はマレーシア航空MH17機に搭乗していて亡くなられた方の遺骸がマレーシアに帰って来たという記事だった。普段多色刷りな一面が、完全なモノトーン。なるほどエアラインとしては見せたくない記事である。1986年日航機が墜落した時、JAL、ANA、JASは凄惨な写真を表紙やグラビアに載せ続けた週刊現代、週刊ポストはしばし機内から遠ざけたというエピソードを思い出した。

  STARの巻頭から8ページまでが、機体の残骸からわかったことと死者の追悼についやされる。あの事故から既に38日。遺骸は数便に分けて運ばれ、このフライトが無言の客を運ぶ最後の組だったので記事も15人のマレーシア航空乗務員にまつわる話に終始する。彼が、彼女が、どんな人だったのか、印象的なエピソードとカラフルな写真を添えて語られていた。哀しみにひたるというより、彼らの人生がいかに生き生きしたものだったかを伝えていた。ときにクスッと笑わせるような。日本のメディアのお涙頂戴的アプローチとは全く違う語り口が、逆にじわじわ沁みてくる。Malaysia

 追悼ページも終わり普通の紙面を読み進めていく。STARは人気のある新聞なので、広告も沢山入っていて分厚く80ページ!土曜版だからかもしれないけど。ちょうど真ん中まで来て、花畑の写真が綺麗な紙面にぶつかる。次のページをめくるとPetronas(石油会社。名実ともにマレーシア一番の企業)からMH17犠牲者に対する追悼広告があり、その後数ページさまざまな企業から追悼広告が続く。一連の最後のページに、マレーシア航空のロゴとメッセージが出て来て、初めてそれが広告企画であったことを知る。最初のお花畑はなんだったの?と前のページに戻ってみると、実はこれもマレーシア航空の広告であった(写真参照)。こういうアプローチもありなのか。素敵だなあ。不謹慎かもしれないけれど。哀しみのなかにも、あたたかさがある。カラフル万歳。

 週末スーパーマーケットに行くのが密かな楽しみである。日々必要な食材を買いに行くのが第一義であるけれど、シャンプーや石けん、トイレットペーパーの値段やブランドをみて「ひゃー、これ日本より高いわー」とか「ユニリーバの既存ブランド現地化はスゴい」などとマーケティング的発見をしては、一人ちまちま学習している(笑) 
 楽しいはずのお買い物。支払いの段階で、いつもささやかなストレスになることがあった。ここベトナムのスーパーでは、買い物をすると気前良くレジ袋に入れてくれて、2袋ですみそうなところが4袋になったりする。「あ、袋増やさなくていいから」とつっこみたいのだが哀しいかなベトナム語で言えないため、結果としては4袋両手にさげてとぼとぼ帰途につく。このレジ袋、厚めのポリエチレン生地で出来ているため畳んでも場所をとる。 捨てるのもちょっと...。東京では10年以上エコバッグ使ってたから、レジ袋なんてウチには一枚もなかったよ。そんなささやかなストレス。じゃあ、エコバッグ使えば、と思いますよね。で、試してみたわけですよ。  
 私はホーチミンで5つのスーパー(うち1つコンビニ)を使い分けている。 そのうち2つ(以下スーパーA,B)は、バッグを持ち込めない。エコバッグもダメ。万引き防止とかで、入り口で持参のバッグをロッカーに預けて財布だけを持ち込むシステム。ご丁寧にも入り口には、それ専用の監視係が立っている。スーパーAで、エコバッグがダメならば、とその店でいただいた使用済みレジ袋をたたんで持ち込もうとした。不思議なことに、これは監視員チェックOK。商品選択をすませ、さてレジに到着。レジ係のお姉さんに古いレジ袋を渡したところ、その袋に買った品物を入れてくれる。やったー!やればできるじゃん!との喜びも束の間。彼女は最後に、古い袋を新しいレジ袋に入れて渡してくれた。どう、私って素晴らしいでしょ、との微笑みと共に。
 スーパーBは某百貨店の最上階にこっそり息づく店で、いついっても客がいない。私がここに行くのは1000円から1800円のデイリーワインとナッツの品揃えがいいから。ある日古いレジ袋を支払いの際に出してみた。小綺麗なレジ係の男性は淡々とワインとナッツを袋に入れる。あれ、大丈夫だ。しかーし。ここでも最後に新しいレジ袋をかぶせられた。とほほ。「どうして新しい袋を重ねるの?私はこの使い古しで大丈夫よ」と訪ねたところ彼はこう言ってのけた。「madamには、newでwrinkle-free(折り目のない)袋をもってほしいからですよ」煙に巻かれて真相はわからず。ちなみに彼はいつも(ここはレジ係は2人しかいない)「今日も綺麗ですね」とか「素敵なワンピースを着ている」とかイタリア人のようなセリフをしゃーしゃーと言ってのける、僕はガイジン対応に慣れてますよオーラをいつも醸し出している不思議なベトナム人である。 
 さてスーパーCである。この店は幅広い品揃え、とくに牛乳類のバラエティが豊富なためベトナムのWorking Motherに支持をエコバッグ
得ている量販店。ホーチミン市内にも数店舗ある。どの時間にいっても客で活気に溢れており、入り口でバッグを預ける必要もない。沢山あるレジもいつも行列ができている。ある日、全く客のいないレジがあることに気がついた。レジ係と目があってしまったので、足を運ぶ。バーコードを読み込むのは、金髪に近い茶髪のベトナム人である。ベトナムでは、黒髪が圧倒的で、K-POP ファンのごく一部が濃いめの茶髪くらいで、黒髪純血主義が保たれている。私も彼の髪の毛を見ながら「この人、不良かしら」「ちゃんと会計してくれるかな」などと昔の日本人のおばちゃんみたいに観察しながら、でも試しにそおっとエコバッグを出してみた。すると彼は「Thank you. Eco bag is popular in America. I know」と言うではないか。偉いぞ、茶髪。ホーチミンに来て2か月が経とうとするころ、私はようやくエコバッグを使うことができた。それ以降、レジに茶髪を見つけた時はそこに行くようにしている。ちなみに他の店員は、不思議そうな顔をしてバッグを突き返してくる(笑)
 おまけ。日本でも有名なコンビニエンスストアD。ここは日本商品と日本人がベトナムで作っている無農薬の野菜を置いているため、日本人と裕福なベトナム人が顧客というユニークなコンビニである。ある日使用済みのレジ袋を出してみた。すると店員が集まって何やら相談をはじめるではないか。彼らの答えは「マニュアルに書いてないので、その袋は使えません」と。あっぱれ日本のマニュアル。
 そもそも論として。大量生産、大量消費が調子に乗ってきてこれからまだまだイケるという国に、エコロジーの理論を持ち込むことが時期早尚なのかもしれない。ドイモイという市場解放から30年と少し。市場経済にえっちらおっちら追いつこうとしている国には、企業のロゴをきちんと見せる、というマーケティングの基本の方が大切かもしれないのだ。私のささやかなエコは、エゴでしかないのかも。
 写真は、豆乳についてきたバッグ。薄地。ローカルの社員に使い道を聞いたら「ランチのときに、お財布とケータイと入れるのにちょうどいい」ですと。
 

  

 先週の金曜日ようやく日本から船便が届いた。三か月と少し長旅をしてきた荷物との、待ちに待った再会。荷物は詰めるときより、ほどくときの方がスムーズ だし楽しい。そりゃそうだ。厳選のものしか持って来ていないから。私の荷物は 全体の1/3を占める書籍、お酒を楽しむためのグラス類と器、靴でほぼ全部。あとは台所用具と服とCDが少々。 
 ガムテープが新しく貼られている箱があった。4箱に1箱くらいの割合で開けられ中身をチェックされているというわけ。開けてみるとなくなっているものがあることに気がつく。玄米とオリーブオイルは引っ越しの時点で業者さんに「ベトナムはこれらの持ち込みは禁止されてますね」と言われて泣く泣く取り出しご近所にあげたんだった。えーと、お素麺がない。心待ちにしてたのに。他に抜き取られていたものリスト。フィスラーの鍋セット。普通のバルサミコ酢(チョコレート風味のバルサミコは紙でぐるぐる巻きにして小さいバスケットに入れてくれた業者さんのおかげで無事だった)。 花柄で有名なマリメッコのペアマグカップ(未使用)。Hello Kitty グッズあれこれ(プレゼント用)。チューブ入りわさび。生姜は無事だった。何よりも不思議だったのは塩。石垣島の塩。よくわからない。さらに京都は原了郭の黒七味。竹を切った容器に入っている、ちょっとクセのある匂いのアレですよ。ますますわからない。
 なぜこんなものばかりを持っていくかなあ。基準がわからないよ。しみじみボヤく私に友人が「自分の奥さんと子どもが欲しそうなものを抜き出したんじゃないの?」とひとこと。ふーん、そうかー。ってそんな気のきいた旦那というか税関職員がいるのか。どこの国の人か存じませんが。
 一つわかったのは、塩が3か月なくても人は生きていける。それともう一つ。私は 本とお酒と歩くための靴があれば楽しく生きていける人らしい。 

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