この土日で100時間は寝たと思う(笑)。それくらい休養が必要でした。なにせ気管支炎になってしまったものでして。
11月9日から16日までOne Show Chinaの審査と講演でPM2.5の北京に滞在。たまたま同時期にAPECが開催されたため、最初の数日間は見事な青空を拝むことができました。周辺工場の稼働を止める、交通量を制限する(ナンバープレートの最後の一桁の数字によって運転できる車を指定)といった策で実現された、みなさんもご存知の"APECブルー" であります。夜も北京の主要道がライトアップされていて、こんな素敵な街があるのかと感心することしきり。天安門広場周辺が最も素敵だったことが、ちょっぴり皮肉のように思えたり。
他にも感心したことがあります。どう見てもこのスーパー見栄はり政策、おかしい。しかし中国の人はごく普通にこれを受け入れているという事実。滞在中私の身の回りをサポートしてくれたボランティアの大学生(女子。実に優秀で可愛い)に”APECブルー”をどう思うか聞いてみたところ、昔からダブルスタンダードには慣れている、世の中そういうものでしょう、と。彼ら的には、理にかなっているらしい。
2008年に仕事で北京と東京を往復したときもそうだったんだよなー。打合せしていて午前3時頃「ドーン!」という耳をつんざく音とビルを揺るがす衝撃が起きて「何、これテロ?」とおびえる私に、中国人スタッフは「雅子さん、違います。これはロケットの音。今ロケットをあげて明け方までに雨を降らせて空気をきれいにするんです」はじめてこれを聞いたとき、私はだまされていると思った。しかし少し経ってこのことについて書いた新聞記事を読んで本当だったと納得。そして北京オリンピックは無事開催されましたとさ。
One Show Chinaの審査員の一人とこの話で盛り上がった。彼女は香港出身でちょっと前から中国の某代理店ネットワークのCRのトップ。その彼女から面白い話を聞いた。北京オリンピックの時に中国政府から数代理店に招集がかかり、ある施策を提案するように注文された。オリンピックの時に初めて中国を訪問するジャーナリスト、外国人は多いはず。そこで彼らに上質のイメージを与えられるようなことを考えて欲しいと。詳細は避けるが、北京空港の入国管理官は世界の諸空港のなかでも、テキパキと仕事をこなし愛想がいい(!)と私は常々思っていたが、なまら間違いではなかったようだ。ときどき鼻をほじったり、愛想をいったりしながら、のらりくらりとハンコを押すベトナムの入国管理官に彼らの勇姿を見せてやりたい。
北京滞在の最後の二日間は、ものの見事に空がグレイになっていた。半日自由時間ができたので、地下鉄に乗って王府井(ワンフーチン)に行った。ちなみに王府井は昔からの繁華街で浅草と原宿を足したような場所。地下鉄の中は、マスクをした人たちでいっぱいだった。インフルエンザが流行っているときの東京のよう。それも高機能のマスク。ホテルに戻ってひと泳ぎし、耳に綿棒を入れると黒くなっていた。表には出てこない北京。
北京にいる間は高熱と咳と痰(ごめんなさい)に悩まされた。気温33度の土地から0度の土地にいったがゆえの風邪と思っていたが、現地スタッフからいただいたクスリを飲んでも6時間しか効かない。効能書きには効き目約6時間と書いてあった。暑いホーチミンに戻ってからも止まらぬ咳と熱、全身のこわばりから病院にいってみたら、気管支炎と診断された。ケガというか外科的なものは一通りやったと自負しているが、内科系は初めてに等しい。がーん。
この鉄のような合理性を理解するには、まだまだ時間が必要だと私のカラダは言っている。
11月9日から16日までOne Show Chinaの審査と講演でPM2.5の北京に滞在。たまたま同時期にAPECが開催されたため、最初の数日間は見事な青空を拝むことができました。周辺工場の稼働を止める、交通量を制限する(ナンバープレートの最後の一桁の数字によって運転できる車を指定)といった策で実現された、みなさんもご存知の"APECブルー" であります。夜も北京の主要道がライトアップされていて、こんな素敵な街があるのかと感心することしきり。天安門広場周辺が最も素敵だったことが、ちょっぴり皮肉のように思えたり。
他にも感心したことがあります。どう見てもこのスーパー見栄はり政策、おかしい。しかし中国の人はごく普通にこれを受け入れているという事実。滞在中私の身の回りをサポートしてくれたボランティアの大学生(女子。実に優秀で可愛い)に”APECブルー”をどう思うか聞いてみたところ、昔からダブルスタンダードには慣れている、世の中そういうものでしょう、と。彼ら的には、理にかなっているらしい。
2008年に仕事で北京と東京を往復したときもそうだったんだよなー。打合せしていて午前3時頃「ドーン!」という耳をつんざく音とビルを揺るがす衝撃が起きて「何、これテロ?」とおびえる私に、中国人スタッフは「雅子さん、違います。これはロケットの音。今ロケットをあげて明け方までに雨を降らせて空気をきれいにするんです」はじめてこれを聞いたとき、私はだまされていると思った。しかし少し経ってこのことについて書いた新聞記事を読んで本当だったと納得。そして北京オリンピックは無事開催されましたとさ。
One Show Chinaの審査員の一人とこの話で盛り上がった。彼女は香港出身でちょっと前から中国の某代理店ネットワークのCRのトップ。その彼女から面白い話を聞いた。北京オリンピックの時に中国政府から数代理店に招集がかかり、ある施策を提案するように注文された。オリンピックの時に初めて中国を訪問するジャーナリスト、外国人は多いはず。そこで彼らに上質のイメージを与えられるようなことを考えて欲しいと。詳細は避けるが、北京空港の入国管理官は世界の諸空港のなかでも、テキパキと仕事をこなし愛想がいい(!)と私は常々思っていたが、なまら間違いではなかったようだ。ときどき鼻をほじったり、愛想をいったりしながら、のらりくらりとハンコを押すベトナムの入国管理官に彼らの勇姿を見せてやりたい。
北京滞在の最後の二日間は、ものの見事に空がグレイになっていた。半日自由時間ができたので、地下鉄に乗って王府井(ワンフーチン)に行った。ちなみに王府井は昔からの繁華街で浅草と原宿を足したような場所。地下鉄の中は、マスクをした人たちでいっぱいだった。インフルエンザが流行っているときの東京のよう。それも高機能のマスク。ホテルに戻ってひと泳ぎし、耳に綿棒を入れると黒くなっていた。表には出てこない北京。
北京にいる間は高熱と咳と痰(ごめんなさい)に悩まされた。気温33度の土地から0度の土地にいったがゆえの風邪と思っていたが、現地スタッフからいただいたクスリを飲んでも6時間しか効かない。効能書きには効き目約6時間と書いてあった。暑いホーチミンに戻ってからも止まらぬ咳と熱、全身のこわばりから病院にいってみたら、気管支炎と診断された。ケガというか外科的なものは一通りやったと自負しているが、内科系は初めてに等しい。がーん。
この鉄のような合理性を理解するには、まだまだ時間が必要だと私のカラダは言っている。