アルゼンチン、お疲れ様でした。でもこれがワールドカップ。

6月30日 10代がゲームを制した
フランスーアルゼンチン 4−3

 下馬評で強いと言われていたフランス。無敗で予選リーグを突破したものの、ゲーム自体は7番グリーズマン以外さほど印象に残らなかったがゆえに、このコラムでも他の試合を優先してきた(数日前のデンマークーフランス戦は、消化試合でクソつまらなかった)。

 今日は明らかに違う。 クルマに例えるとエコモードからV8に切り替わったみたいな。長いパスの精度が違う。敵がボールを持った時のプレスの掛け方、ゴール前の切り返しやスピード。全てがリストアして戻ってきたばかりのクルマのよう。

 2ゴールを決めた10番のエムバペ(なお外国人と話すときはムバッペと発音してほしい。日本のメディアはエムベパと発音するのでそれに合わせておく)が立役者。昨年夏モナコから PSG(パリサンジェルマン)に移籍したが、その後ネイマールがPSGにやってきてから出番も減ってしまった。だからこのW杯はエムベパにとって、自由に駆けあがれるハイウエイ。まるで1998年のアンリを思わせる。 
エムバペ
   
駆け上がるエムベパ

 1998年、筆者はW杯初出場の日本を観るためフランスにいた。フランス戦は市庁舎前の広場に座って観戦。今でいうパブリックビューイングだ。そこで彗星のように現れたのが、褐色のアンリ。彼がいいパスを出したりシュートするごとにフランス人が ”ティエリ・アンリ!”と フルネームで呼ぶ。アンリは所属するモナコではフォワードでなくウイング。くすぶっていた。エメ・ジャケ監督は、それまで白人中心だったチームに旧植民地だった国からの移民その子孫たちをメンバーに迎える。ジダン、トレセゲ、そしてアンリ。シャイな20歳の青年は、礼儀正しい黒豹に変貌し、W杯で世界を魅了したのだった。
アンリ1998
   
1998年優勝カップにキスするアンリ。左の後ろ姿はデシャン

 フランスには、最初のPKを決めたグリーズマンがいる。27歳。司令塔と言われるもののメンタルが弱い。そしてミドルシュートを決めた2番パバールもいる。22歳。ここから先どこまで勝ちあがれるかはキャプテンがプレッシャーに強いかどうか。1998年にフランスが優勝した時のキャプテンは、今の監督デシャンだった。
グリーズマンとエムバペ
   ヒーローインタビュー。エムベパが答えるところにグリーズマンが飛び入り