カテゴリ: 暮らし

 日本は台風12号で大変のようですね。まずはお見舞い申し上げます。

 一年中夏の国。フィリピンで暮らす前はそんな印象を持っていました。違うんです。純粋に夏と呼ばれるのは3−5月のみ。 6月から雨季が始まり10月末まで続きます。ほぼほぼ毎日雨。7−9月には、ほぼ毎週フィリピンの近くで台風が生まれて、時々日本にも迷惑をかけていますね。台風に代わって謝ります。ごめんなさい。

 ほぼほぼ毎日雨が降ると何が起きるかというと街のあちこちで洪水が。治水や排水が整っていないからね。アスファルトの道路が陥没することも最近わかりました。「どうしてアスファルトが凹むのだ?」と根本的な質問をドライバーにしたら、素材の中に砂などの不純物を混ぜているから、と。これが正しいのかどうか私は道路の素人なのでわかりませんが、とにかく主要道路に大きな水たまりができる。そこを車は避けるので走行できる範囲が狭くなり渋滞が生まれる。先週メルセデスが水たまりにはまって道路の真ん中で立ち往生していたのには愕然としました。こういうときトヨタやホンダは強い。本当に強い。

 人も病気になりがち。ベトナムでもそうでしたが、雨季=Sick という概念が確立していて、確かに会社を休む人が毎日数人います。気温も29−25度のレンジで「27度、寒いよねー」的な会話が交わされる。私は長袖一枚ですが、ローカル社員たちは長袖の上にパーカーを着ていることが多い。レインブーツに商機ありと思えばそうでもなく、ビーサンやビニール製の普通の靴で凌いでいる。
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こんな感じ。これは先週日曜の分。

 野菜の値段も高騰します。フィリピンは、もともと野菜の種類が少なく割高です。最近ではゲンコツ2つ大のキャベツ一つに140ペソ(約300円)。こちらの基準からするとメチャ高です。鶏肉、豚肉の方が圧倒的に安い。陽が差さないからトマトも黄色か緑で甘みも酸味もありません。そういえばトマトはナス科なんだからしょうがない、炒め物に使えと自分に言い聞かせています。

 一つ利点があるとすれば、ベトナムにいる時より日焼け止めの使用量が減ったことでしょうか。たまに太陽が出てくると、ちょっとウキウキします。今日は久しぶりの晴れ。これからちょっと散歩をしてこようかな。久々に日焼け止めを塗って。
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 去年12月1日に新しい5ペソ硬貨が登場した。貨幣にはフィリピンの革命家であるアンドレア・ボニファシオの顔が見える。彼の誕生日11月30日の翌日から流通し始めた。
   
 これがねー、ホント、全く歓迎されていない。というのは1ペソ硬貨と似てしまったから。

コイン

 左の金色が今までの5ペソ(汚くてすみません)。真ん中が新しい5ペソ。右が現在の1ペソ。大きさも重さもほぼ同じなので、間違いなく間違える。だからみんなハンカチ落としのように受け取った途端に自分の財布から排出したがる。買い物して155ペソの支払いになったとします。で、私が
「あ。5ペソ持ってます」
といって205ペソを渡そうものなら、レジの人に
「NO, マーム。私はこんなに5ペソを持っています。間違えちゃうから、早く使い切りたいの」
と透明のシールでまとめられた5ペソ20個を何束も見せられる。合計額が合わないと彼女たちの給料から引かれてしまうんだそうだ。
 
 ネチズンたちの間でも「小さいから、簡単にだまされちゃう」と悪評高い5ペソ、上院議員のNancy Binayさんも「国民に混乱を生じさせている」として、一時的に新しい効果の流通を停止するようにフィリピン中央銀行に要請した。「中央銀行は、デザインについてもっと考えるべきだった」と。
 
 なぜもっと考えないのか。これは私も日頃思い当たることがある。比較をする、タイムラインを計算する、リスクを考える、が、ここではあまり一般的ではない。
 
 そもそもボニファシオ生誕154年記念なので新しい硬貨にしたというのが理由らしいが、なぜ155や160年じゃないのか。あと一年考えればいいのに。ま、たぶんこれは日本人的発想、要は何年でもいいのである。実際街中を歩いていると店頭に73年記念やら、22年記念やら、あちこちに周年記念のサインを見かける。とにかく前向きで、祝う口実を常に探しているのであろう。一種のマーケティングと考えれば、ま、腹も立たない。
 
 こっちに来た当初、1ペソの代わりに韓国の100ウォン硬貨を受け取ることがよくあった。

コイン2
        (左がフィリピン1ペソ。右が韓国100ウォン)
 
 マニラ周辺は韓国人が結構たくさん住んでいる。初めは「あー、やられた」と思って素早く自分も使ってしまったものだが、よく考えると1ペソ(2.2円)より100ウォン(10円)の方が価値が高いじゃないか。そう気がついたら、受け取る機会が少なくなってしまった。

 そういえば100ウォン硬貨、日本で一時期500円硬貨と間違えられていましたね。いま日本で500円硬貨や2000円札はどれくらい流通しているのだろう。ひょんなことから日本が懐かしくなった日曜の午後。

 
 

 

 
 

 今フィリピンは雨季です。特に9月は台風のたまごである熱帯低気圧がフィリピンの近くで生まれるため、台風に遭遇し、いくつかの街は洪水になります。それもごく当たり前のイベントとして。

 9月10日から13日にかけてはフロリダを襲ったハリケーンIRMAが、CNNを始め世界のニュースを席巻。暴風雨と避難令を受けて市内から脱出する車の群れを映像では延々と追っていました。

 ちょうど同じころフィリピンも台風に襲われました。12,13日と私はフィリピンのデジタル広告賞の審査に招かれており、会場までたどり着けるかどうか不安でした。朝5時から会社のViber(フィリピンでは公私ともにViberがLINEのように使われています)が鳴りっぱなし。社員の住むエリアの降雨状況がシェアされて、朝7時に前には弊社グループ全社員に在宅勤務通知が出ました。

 その時Viber上に頻繁に出てきたのがこのフレーズ。”Stay safe and dry"。なんか感じがいいと思ったんですね。不安を煽ることもなく、快適な状態を祈ってあげる空気感がいい。

 ちなみに私が滞在するエリアは雨の被害が少なく、出勤を控える人が多いせいで道路はガラガラ。普段1時間かかる距離を20分で審査会場に到着しました。お住いのあたりが洪水になってしまい、開始時間に間に合わない審査員も数人いた。一日中Viberに送られてくる市内洪水情報を見ては、Knee deep(膝下水位)やThigh deep(太もも半ば水位)に「ひゃー」と驚く私。それを広告賞主催者たちが見ては、そんなことで驚いているのかとばかりに笑っておられました。
洪水情報2

 日本でも同じころ台風が接近していたようで、私のfacebookのタイムラインやTwitterには、飛行機が飛ばないから帰れない、交通網が乱れている、会社に定刻に行けないなどのコメントが並びました。

 13日夜、テレビをCNN, こちらの民放、NHKと見比べて思ったのは、フィリピン明るい。前向き。 この画面みてくださいな。もう楽しんでいるようにしか見えない。

洪水テレビ

 定時運行が守れないことを強調する日本と、木が倒れて家が潰れたため泣く夫婦を映すアメリカと。おそらく被害状況はあまり変わらなかったかもしれないのに、報道一つでずいぶん印象が変わるなあと。

 今日はパキッと青空が広がり、ショッピングモールも家族連れで大賑わい。
 Stay safe and dry. いい言葉だな。あれから何度も反芻しています。
マニラ青空

 

  

 マニラにきて3週目に入りました。その間なんと3日も休日が!8月21日はニノイ・アキノ記念日(ちなみにベニグノ・アキノ通称ニノイ・アキノは、マルコス大統領に恐れられて国外追放されていたが、追放先のアメリカからフィリピンに帰国した1983年にマニラ空港で暗殺されました。なんとなく記憶にあるな。故にマニラ空港は、ニノイ・アキノ国際空港と言います)。8月28日は英雄の日。そして今日9月1日は犠牲祭。そうなんです。今週は月と金がお休み。うふふ。
 
 これをみてください。間違いなく多いでしょ。フィリピン人に言わせれば世界一のはず、と。その代わり今週火水木のスタッフの働き方の凄かったこと。昼間は毎時ごとに会議で、夜はクリエーティブがかなり遅くまで働いておりました。
 
 さて。マニラから一時間強のドライブあるいはフライトで様々なリゾート地に行けるので、3連休となるとマニラを離れる人たちが多い。以前からfacebookをみてはなぜフィリピンの友人たちは、いつも週末ビーチにいるんだ?と不思議に思っていましたが、7100ほどの島で出来ている国なので行き先はたくさんあるわけ。知らなかったー。

   そんなわけで普段より車が少ないせいか、今日は空が青い。
Edsa
      
マニラは屋外看板が多い。ふだん渋滞がすごくて車内からずっと見るから効く。故に料金は高いそうです。

この数週間あわただしくて全く余裕がなかった私は、マニラ市内で骨休めすることを選びました。
 
 (たぶん)世界一休日が少ないベトナムにいた時は、いつも日本の休日になると皆さんの行楽地や温泉facebookをみてはいいなあと指を噛んでいた私ですが、これからは休日ごとに秘かに笑うことになりそうです。うふふ。

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