カテゴリ: サッカー

またPK戦。クロアチアはどんだけPK好きなんだろうと思いましたね。この後のオランダーアルゼンチン戦も2−2(PK3−4)でアルゼンチンに軍配が上がりました。なんという1日。

12月9
日 10番対決は、諦めないクロアチアの勝ち 
    クロアチア1ー1ブラジル(PK4−2)

 この日クロアチアもブラジルも10番が光っていた。ボール保持率は51%vs 49%。

 モドリッチは始終冴えていた。パスを出してゲームメイクする前半から、徐々にエンジンがかかり攻撃にも参加する。ブラジルは妖精のように舞う彼を抑えることができなかった。なぜ日本戦でモドリッチの活躍は見られなかったのだろう。不思議に思って先日の日本ークロアチア戦を見直した(Abema のおかげで後から鑑賞できる!)。原因は前田大然。モドリッチがボールを持っていない時、つまり画面の隅っこで、彼の周りを光る頭がちょろちょろしていた。前田はよく無駄に動くと言われるが、無駄じゃないことをしていた。守田も要所で彼をマークする。モドリッチ対策はブラジルより日本の方が上だった。余談ですが。

 ブラジルの10番は、初戦で靭帯を損傷したことが嘘のように動いていた。前半41分のフリーキックそして後半2,20,30,34分の怒涛の攻撃にもネイマールは要所要所でからむ。
ネイマールーラフィーニャ
ラフィーニャとネイマール。いつからブラジルはイケメンチームになったのか
 
点が入らないまま迎えた延長戦前半アディショナルタイムで、ロドリゴからのワンツーで前に進み、さらにパケタとのワンツーからドリブルでGKリバコビッチをかわして決めたゴールは、とてもネイマールらしい一発だった。この待望の先制点も、延長後半ペドコビッチの同点弾に追いつかれ、試合はPK戦へと進む。

ネイマールーリバコビッチ
リバコビッチをかわしてゴールを目指すネイマール

 PK戦。ブラジルは、ロドリゴが守護神リバコビッチに止められ、マルキーニョスのシュートもゴールポストに当たる。クロアチアは、モドリッチと途中交代で入ったブラシッチ、マイエル、オルシッチにより順調に4発決めた。クロアチアのダリッチ監督はここまで見越していたのか。いや、サッカーは90分ではなく120分の競技だと選手を洗脳していたのだろう。

モドリッチーロドリゴ

PKを外したロドリゴをハグするモドリッチ。彼らはレアルマドリーのチームメイト

  ペドコビッチの同点弾でブラジルに追いついた時「クロアチアはあきらめていません。これがワールドカップだ!」とアナウンサーが絶叫していた。自分の性格を「頑固でしつこい」と認めるモドリッチのレアルでのあだ名は「ビナグレ」。スペイン語でお酢を意味し、怒りっぽい人という意味もある。あきらめない彼が優勝への階段をどこまで上り詰めるか、楽しみだ。
 


ふう。点は入らないのだが、それぞれのシーンがスロモで見たくなる濃さで、130分続いたのです。スペインも頑張ったけど、モロッコ選手たちのフィジカルな強さと内側から出る熱気(&会場のチャント)に負けてしまった。さらに、スペインはPK戦に弱い。主要場面で外すのは4度目(前回はこちら)か。それを知ると日本がPK戦で負けるもやむなし、というのは判官びいきか。

12月6
日 モロッコはいかに宗主国を撃沈せしめたか
     モロッコ0ー0スペイン(PK3−0)

 モロッコの中にスペインの都市があるのをご存知だろうか。メリリャとセウタ。四半世紀以上前、筆者が大学の卒業旅行でスペインを放浪している際、
スペインの南突端アルヘシラスからフェリーに乗れば1時間でモロッコに行けると聞き、海を渡ろうと試みた。「ただ、着く港のセウタはスペインだから、モロッコを味わうならそこから奥に行きなさいよ」と親切なバルのおじさんが教えてくれた。フェリーに乗ると、卒業旅行で一緒に出た友達とのパリでの待ち合わせに間に合わなくなるとわかり、私は泣く泣く諦めたのだった。

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 話は16世紀に飛ぶ。覚えてますかね、世界史で出てきたポルトガルのエンリケ王子(私は国王ではなく、王子というのが面白くて覚えてました)。彼はモロッコを起点にアフリカ大陸を侵攻しようとしていたが、その後レコンキスタの延長でモロッコはスペインに併合される。そしてスペイン領モロッコ誕生。1954年にモロッコは独立したが、なぜか2都市だけはスペイン領の自治都市として存在する。返還を要求してもスペイン政府は今も応じていない。

 まあ、人(国)に歴史ありで毎回スペインーモロッコ戦は盛り上がる。2018年ロシアW杯の予選リーグB組、モロッコはイランとポルトガルに負けたが、対スペイン戦は2−2で引き分けた。多分アドレナリンが迸るんだろう。

 この日はその最骨頂。モロッコは全員攻撃、全員守備で臨む。しかもデカい。途中で交代したFWのブファル以外は全員185cm前後なので、接触があるたびにスペイン選手が転ぶ転ぶ。スペインの若き至宝ガビは、ハキミに3回も倒されでんぐり返ししていた。後半17分で交代するとき、ガビの白いユニフォームは芝だらけの緑だった。

 ハキミはDF、もっと言うと今回屈指の右SBだ。高い位置をキープし、卓越したボールスキルと豹のようなスピードで縦に横に動き回る。モロッコ国籍でスペイン生まれ。8歳のときレアルマドリーの下部組織カンテラに入り、その後14年間スペインサッカーの基礎を叩き込まれる。幾つかのクラブを経て現在はPSGでネイマール、エムバペ、メッシなどと一緒にプレイする。そのハキミが最後にど真ん中へフワッと決めたPK(パネンカ。これはGKを嘲笑するキックで、飲み屋で口にするとあなたはサッカー通とみなされる)で、スペイン撃沈の瞬間を見せるなんて、最上級のドラマだ。それがノンフィクションで起きてしまうのがW杯なのだけれど。
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パリサンジェルマンでのハキミ

 後半45分間と延長30分をスペインの猛攻に耐え抜けと指令したレブラギ監督は途轍もない人だ。みなさんもご存知のハリルホジッチが今年の8月
モロッコ監督を解任された後、ハリルと折り合いが悪かったエースのツィエクを代表に呼び戻し、たった3ヶ月で、フィジカルな強さだけで戦略がなかったチームをまとめ上げた。本来右SBであるマズラウィを左SBとしてに起用する案も見事に的中。ハキムと彼を中心に攻めと守りをクリエイトするスタイルは、レブラギ監督自身が現役時代SBだったことに起因するのかもしれない。

 忘れちゃいけないGKのボノ。彼でなければ、スペインは最初の90分で3点は取れていた。ボノは昨年スペインリーグでサモラ賞(最少平均失点者GKに与えられる)
に輝いたセビージャの守護神だ。
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チームに称えられるボノ

 モロッコのスペイン攻略がこんな形で実現するなんて。ちょっと歴史を知ると、
W杯は数倍美味しい。
 

悔しかったですね。しばらく眠れなくて悶々としてたら28時からの韓国ーブラジル戦がキックオフ。PKって、もうサッカーというより哲学だと思います。そして4年後に向けて希望を持つ自分がいます。

12月5
日 泣いていいよ、三笘 
     日本1ー1クロアチア(PK1−3)

 「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持つ者だけだ」と言ったのはロベルトバッジオ。日本では創価学会員という肩書きで有名かもしれないが、彼はイタリアの名FWで、1994年アメリカW杯決勝でPKを外したことで世界に名が知れた。

 日本代表は、本当によくやった。前半8分のピンチも6人が体当たりで権田をカバーした。無駄に走るだけと揶揄されてきた前田大然がやっとゴールしかも、前半終了間際に先制点を決めてくれたのも、心から嬉しかった。あの眉と目が細いツルッとした頭を持つ存在が迫り来るのが、外国人にとってどんなに怖いかを、私たちは見落としている(これはマジ。スコットランド人が言っていた)。鎌田も遠藤も攻撃的だった。ペリシッチに決められた同点弾は、教科書に書かれたようなヘディングで、入れられてもしょうがない。そもそも予選リーグで敗退すると予想していたのに、ジャイアントキリングを2回も見せてくれて、ここまでワクワクする時間をくれたのだから、日本代表にはお礼を言わなくっちゃ。

 1-1の同点延長のまま迎えたPK戦。これは負けてもやむなしと断言しておく。相手は延長線とPK戦においてはプロ中のプロと言っていいクロアチアだ。2018年ロシア
W杯では8強に入る際にPK3-2でデンマークを。次のロシア戦ではPK4-3で勝ち抜き4強入りを決める。準決勝では延長でイングランドを2-1で叩きのめした。決勝戦でも延長となり、ここではフランスに優勝カップを譲る。世界中が注目する中でいじられることに、クロアチアは慣れている。2018年に続き、PK戦を制するマインドをチームに叩き込んだダリッチ監督は、ビジネスにおいても成功するんじゃないか。前日のPK練習に時間を費やしたGKのリバコビッチは「PKを3本ストップしたことは、私のキャリアの中でお気に入りの瞬間の一つになる」とコメントした。ちなみにW杯で3PKをシャットアウトできたGKは世界に3人しかいない。最初は2006年イングランド戦を防いだポルトガルのリカルド(拙稿7月1日悲しいかな、世代コータイ参照)。そして上記の2008年対デンマークを抑えたクロアチアのスバシッチ。そして今回のリバコビッチだ。
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 ゲームが終わり、三笘はピッチで涙していた。そして試合後の個人インタビューで号泣する。それが後半入って点を取れなかったことに対してか、PKを外したことに対してなのかはわからない。バッジオは「成功したPKは忘れられるが、失敗したPKは永遠に忘れることができない」とも言っている。その涙を忘れずに、4年後リベンジしてくれたらいい。スペイン戦で1mmの奇跡を勝利への軌跡に変えた三笘には、ビッグクラブからのオファーが殺到するはずだ。そんな男が大泣きする映像も世界的には衝撃的だろう。思いっきり泣いていいよ、三笘。ただ成田空港には、笑顔で戻ってきてほしい。
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慰める田中碧と川島(涙)よく見ると川崎フロンターレファミリー



観戦終了後、はあと息をついてしまった午前6時。濃いんです。ああ、ここからが本当のW杯だと思いました。

12月4
日 誰でもGOALできるチームって
     イングランド3ー0セネガル

 イングランドは、W杯始まってチームの8選手が得点しているというとんでもないチーム。この日も若手が決めてくれた。

 1発目はベリンガムがDFを引きつけながら放ったパスを、ヘンダーソンが左足でちょいと入れる。それに刺激を受けたケインが走り回り、前半延長3分でベリンガムがドリブルで運びフォーデンを経由した球を右足で振り切った。久々のゴールが嬉しかったのか、ケインは歓喜の画像をTweet。予選リーグはサウスゲート監督にゴールよりパスを出せと封印されていたんだろうと推測する。

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スキップしている

 最後の3点目はケインがミスったボールをフォーデンが三段跳びのようなドリブルで前に運び、ネット周りで貼っていたサカにパス。サカは前半から悉くゴールを狙っていたので、ちょうどきた獲物に食いつきサラリとシュート。21歳サカ、22歳フォーデン、そして19歳のベリンガムというW杯初出場組がこの日の試合を支えた。この3人はEURO準優勝を支えてもいるのだけれど。
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ユニークヘアのフォルデン。1ピッチでは大きく見える171cm ©️getty

 
 セネガルが弱かったのではない。パスの透過率はイングランドの85%に劣らない80%だし、GKのピックフォードのファインセーブがなければ2点は取れていた。イングランドが想定外だっただけだ。

 
次に対戦するフランスはガチで強い。ただエムバペ頼みの流れを断ち切れば勝つ可能性はある。唯一問題があるとすれば、左のウイング、スターリングのロンドン宅に強盗が入り、家族をケアするため帰国してしまうこと。当然次の試合には出られない。若手たちが彼の不在もカバーしてくれることをサウスゲート監督は期待しているはずだ。

時間が合わず観ていなかったオランダ。実は伏兵かもしれません。全体的に隙がない。強い。オーストラリアを下したアルゼンチンと戦うとどうなるんだろう。今からドキドキしています。

12月3
日 ウイングバックの両翼が開いた。
     アメリカ1ー3オランダ

 常連イメージのあるオランダ、実は2大会ぶりのW杯だ。事前情報が少なかった。蓋を開けてみると、ぶっちゃけ強い。アメリカはプリシッチがよくボールを拾ったが、彼のボールを繋ぐ選手がいなかった。オランダのカテナチオ的守備が効いていた。

 この日の3点は一人の選手の腕にかかっていた。ダンフリース。2得点のアシストをし、本人も後半36分にゴールをきめたDF、正確に言うとWB(ウイングバック)。爆発的な走力が武器でオランダのフェーレンフェーン(GKのノペルトが所属)や名門PSVで活躍していた選手だったが、2021年にイタリアのインテルに移籍してからインザーギ監督の下で戦術的な動きも身につけた。それがこの日満開だった。
ダンフリース

いつも感じがいいダンフリース

 2点目を決めたデイリー・ブリントもダンフリースと同じWB。素晴らしいシュートだった。決めたあと、お父さんとハグしてしていたのが微笑ましかった。ブリントパパ、ダニー・ブリントも元オランダの選手で代表監督を務めたこともある。オランダ国民には二代アヤックス所属という方が親しみがあるだろう。
ブリント親子

親子でピッチでハグなんて、イタリアのマルディーニもなしえなかったのでは
 
 後半42分ごろに入ったシャビ・シモンズは次の試合の台風の目になるだろう。Abemaでも交代表示が出ず、いつの間にか入った小さな選手がドリブルやヒールキックで暴れていた。19歳168cmは、アメリカにとってさぞ大きく見えたに違いない。彼
は日本の久保建英みたいな存在で、6歳の時にバルサにスカウトされカンテラで技巧を身につける。その後パリSGでさらに敏捷になるが、素行が悪いのとスター軍団に埋もれて登場する機会がなかった。2022年6月母国のPSVに移籍してから得点力を発揮し、代表に滑り込んだ。最後の10分くらいでお試し起用したファンハール監督もベンチで頷いていたに違いない。12月9日の対アルゼンチン戦が楽しみになってきた。

 

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